今日は、あまりご飯が喉を通らなかった。嫌いなのじゃなくて好きなのがあったのに少し残してしまいフルーツが残ったトレーを片手に席を立つ。どこを目指しているわけでもないが行く場所も無いため食堂を出て適当に歩く。喉を通らない理由はミシェラチャンがお披露目。少しの間の別れはとても寂しい。毎日会っているからか、数日に数回夢で会うだけでは嫌だ。他のクラスメイトはどうやら彼女にプレゼントを用意したり会いに行ったりしているらしい、どうだここらで自分も用意してあげれば彼女も喜ぶんじゃないだろうか。とは言っても自分には人にものをあげたことが覚えている中では兄さんにしかない。兄さんにはいつも花の指輪をプレゼントしていたが今の自分では難しく右腕がある方を見下ろし腕を上げれば肘の部分から指先までが無くなっている。
「昨日はあったのに、おまけに今日は髪も短い。」
指先まである方の腕で毛先を持ち上げ思い返せす。確かエルサンぐらいの長さはあった気がしたのだが。地面につくかつかないかのギリギリを攻めたような長さ。そんなことはさておき自分もミシェラちゃんのプレゼント探しに行かなければ。かといって部屋に戻ってもあげられるものはない、結局指輪を作ることにしたのかガーデンテラスへと足を運ぶ。
あなたは寮を出て、敷地の北方にある学園へと通じる門へ向かう。煉瓦造りの大きな門と、その先の暗がりがあなたを飲み込もうとしているようだった。
この場所に立つと、何だか空気全体が重くなるようだ。暗くて、張り詰めていて、息がしづらいような。
門の先は広いトンネルが続いている。時折水滴が落ちるトンネルを少し歩くと、あなたの眼前には閉じられた平べったい扉が現れた。
扉の前に立ってしばらく。微かな隙間から光が溢れて、とってのない扉は両開きに開かれていく。
箱型の密閉された空間は、まるで棺のベッドを縦にしたのと同じに見えた。これはあなたを学園へと運ぶ《昇降機》。これに乗っていかなければ、学園へは辿り着けない。
あなたは背後で閉まる扉を振り返るだろう。その後、ゴウン、と鈍い音を立てて昇降機は動き始める。
何回も乗ったことのある昇降機、慣れないものはやっぱりいつまでたっても慣れない。重い扉が閉まり鈍い音を鳴らしながら登っていく。狭い空間は嫌だ、逃げ場が無いのは怖い。左手で首に巻かれている、いや今日は垂れているという表現のほうがただしいかもしれないマフラーを握りしめ不安を押しつぶす。他者から見ればいつもと変わらないなにを考えているのかわからない無表情に見えるが。お披露目には選ばれないであろう自分がこれからずっと使うものなのだなれなくてどうする。少しシワになったマフラーを首に回す。まあ先程より多少マシに見えるだろうか。
少し昇降機が揺れ3階についたのがわかり扉に近づく。さて親友にはどんな花を選ぶのが良いのだろうか。
《Ael》
お披露目に出されるドールがいるらしい。たしか、えっと。……名前はまだ、覚えきれていない。エルは持っている欠陥として、記憶力の欠如がある。残念ながら、覚えられているのはここにいるドールの顔だけ、ぼんやりと。つや、とした水色の髪を2つに靡かせ、ただただ行こうかな、なんて理由で昇降機へ乗る。エルはすぐ忘れるから、昇降機も忘れており、今は昇降機へ好奇心が止まらない様だ。がこん、重い音を聞きながらいつもの様に天使は少しの振動に身を委ねる。天使なのだから、飛んで仕舞えばいいのだが、あいにくエルは飛べない。髪の毛がそれなりに重いのと、翼は搭載されていないから。がこん、また、昇降機が揺れる。そして、重く重厚な扉が開いた。ついたのだ、そう理解して、エルはそのままいつもの足取りで昇降機を出た。……が、いつものだ。何でここにいたのか思い出せなくなった。とりあえず周りに誰かいないか探してみる。……と、いた。片腕のない、マフラーを少しだらんと巻いたドール。
「あの! 教えて欲しいのです! ここはどこなのです? えっと、……あなたは……誰、なのです? エルは、エルと言うのです、天使なのです!」
ぱあ、と明るい笑顔を見せて天使は語りかける。ここで、何をするのか忘れてしまった以上、やることを見つけなければ。何だかうっすら、覚えている顔のドール。この子は答えてくれるだろうか?
「ここ? ここは学園内じゃないの? そう思っていたんだけど。
名前は知ってるよ。ボクはサラ。」
ガーデンテラスへ足を運ぼうとすればつい先程まで考えていたエルサンに声をかけられた。彼の名前は知っているし彼も自分の名前を知っているはずだ。首を傾げなら不思議がっていれば思い出した。確か彼は記憶力が悪いのだ、なら再度聞かれても仕方ない。声をかけらたのならば何か用があるのだろう。なるべく早くミシェラチャンへの花を選びたいので自分から尋ねようか。無表情故に期限が悪いのかとでも勘違いされてはこちらとしても悲しいのでなるだけ優しく尋ねる。
「何か用?」
これで用事すらも忘れているのなら彼も連れて行って一緒に選んでもらえばいい。一人では何も編めないのだから。
《Ael》
「学園の中、だとしてもどの様な場所なのかが知りたいのです……。……さら、 サラ、サラなのです! よろしくなのです!」
サラ、と言われれば一つ頷いてサラ、サラ、と名前を繰り返す。どうしてここにいるのか、はたまたここが学園内のどこであるのか。わからないことばかり…いや、忘れてしまったことばかり。ゆさゆさと髪の毛が左右に揺れる。一つ一つのアクションが大きめなエルは、髪の毛が動くたびに揺れ、割れている天使の輪の髪飾りもそれと同時に動いて黄金の光を反射する。割れた先のとんがった部分が、宝石の様にキラキラと輝いた。
「えっと、……覚えて、ないのです、」
用があるのかと問われれば覚えていないと申し訳なさそうに答える。こんなことばっかりで、何だか本当に自分が情けないなぁ、と心の片隅で思う。一緒に行動してくれたら嬉しいな、とも同時に思った。
「どのような場所? ここは……なんの場所だろう」
昇降機から降りてすぐどのような場所と聞かれればなんと答えるべきかわからない。聞かれているのに答えを出せないことを申し訳なく思いつつ重たく揺れる彼の髪を見つめる。走るのに邪魔そうだなとどうでも良いことを頭によぎらせて彼の返答を待つが帰ってきたのは予想ができていた答え。覚えていないということは用事が無いということ。デュオである彼ならば贈り物にふさわしい花選びも手伝ってくれるはず。その花を覚えているかはわからないが。
「それならボクと一緒にミシェラチャンへの花を選んでくれない?」
拒否権はもとより頭にないのか彼の方に右腕を差し出す。手を握ろうにも握れない右腕を。可哀想なサラはまた右腕が無いことを忘れてしまっている、これでは彼と変わらないではないか。
《Ael》
「お花、なのです? みしぇら……、えっと……とりあえず、エル、お手伝いするのです!」
みしぇら、みしぇら。頭の中を探してもいない名前に困惑する。またしても、忘れている。覚えていない。少し困った表情をしてから、パッと表情を変えて笑顔で手伝う! と宣言する。その時、エルは驚いてワァ! と声を小さく上げた。
「おてて、ないのです……? エル、お手伝いするのです! サラ、任せるのです!」
右腕……手がないが、差し出されるのを見て手を繋ぎたいんだ! と思う。そうして反対の左手を優しく包み込んで任せて、と強く頷いた。
「うん、花。指輪を作りたいんだ。兄さんが作ってくれたような指輪を。」
そう淡々と述べては兄さんが作ってくれる指輪を思い出す。顔に似合わず骨ばった手は花を丁寧に摘み取り器用に編んでいきむしろ花のほうが兄さんに編まれに行っていた気もした。まあ作り方はなんとなく覚えている。上手く教えることができなくても花達が教えてくれると信じて。この前来たときには飛びついてきてくれていたが気まぐれな彼らが今日もそうとはわからない。
「あっ、右腕無いね。ごめん。
手伝ってくれていつもありがとう。」
簡単なことしか頼めないがいつも手伝う手伝うと言ってくれる彼には感謝しかない。しかし差し出した右手ではなく左手が掴まれたことに違和感を持てばそうだ今日は右腕がなかったことに気づく。使えない方の手を差し出してしまって困惑しただろう。悪気が無さそうに軽く謝り彼が掴んだ左手を壊さぬよう優しく握りしめる。彼の手を引きガーデンテラスに足を踏み入れる。
球形の天井からは、麗かな春の日差しが降り注ぐ。先ほど寮でも見た晴天が、一面に大きく広がっていた。
陽光を浴びて、テラスに敷き詰められた芝地と花壇に植わった可愛らしい花が瑞々しく咲き誇っている。水を撒かれてまもないらしい。ちらほらと点在する真っ白なガーデンテーブルと椅子では、優雅にお茶会をするドールズの姿も見られた。
《Ael》
「ゆびわ……、指にはめる輪っかなのです? 任せてほしいのです! 一緒に作るのです!」
指輪を作りたい、と言われては指輪の言葉から連想して指輪の意味を思い出した。花を使って指輪を作るのであれば、エルでもできるだろう。任せてとまた意気込み、きゅ、と優しく手をもう一度握った。
「大丈夫なのです、エルはただお手伝いしたいだけなのです」
ありがとう、と言われればえへへ、と優しく笑みをこぼして上記を述べる。歩みを進めると暖かな日差しが少し眩しく、数回瞬きをする。キラキラと宝石の様に光を浴びる花々を見てわ、と目を輝かせた。
「サラ、サラ、お花なのです! ……でも、どなたかいるのです、お花について知っているかもなのです! エル、お話を聞きたいのです!」
ジョウロを持ち、花を見ているドールが一人。それを見て花について何か知っているのでは? と思いサラに笑顔でそう提案した。
「作り方がわからなければ教える。多分機嫌が良ければ花達が自分から行くだろうし」
ガーデンテラスにはいろいろなドールがいて花もいて見ていて飽きないを。前回来たときに比べ花の種類も増えている気もする。天井の日の光が少し眩しく手を繋いでいる手とは逆の手で少しでも遮ろうとしたが腕を上げすぎてしまうと目の前が見えなくなるしバランスも取れない。右手が無い今日はなんと不便か……。
「えっ、ああそうしようか。
ねぇ君、花知らない?」
先程聞こえた音は何なのだろうか。聞き覚えはない、しかしすぐに忘れられる音ではなかった。悶々と考えてしまっているうちに彼から提案を持ちかけられ賛同する。デュオではない自分が考えても良い答えは出てこないだろう。ならばデュオである彼に後で相談してみるのもありかもしれない。
エルサンと繋いでいた手を離し目の前のドールの頭を軽く叩き質問する。花を知らないと聞かれてもきっと意味がわからないだろう。周りには植物や花が咲き誇っているというのに。サラは贈り物にふさわしい、そして指輪にするのにちょうどいい、といった説明を付け加えていなかったのだから。
花壇の前に佇む、若草色の短髪のドールは、花壇の前でぼんやりと飽きもせず花を眺めていた。そんな状態だったからか、突然に夢の彼方へと飛んでいた頭を叩かれて、少年は目をぱちぱちと瞬きさせながら振り返る。
「んぇ……? 花ぁ?」
彼はのったりとしたマイペースな声を上げて小首を傾げた。ジッと声をかけてきたあなたの目を見据えて、それからちらりと自分の足先にある花壇を見つめて、キョトンと首を傾げる。
「お花見たいのぉ? いいよぉ、今日もここのお花は元気だよぅ。でももしかして、きみたちのいうお花ってありきたりなものじゃなくて、何か特別なお花なのかなあ?」
《Ael》
「お花で、指輪をつくるのです!」
おっとりとした声に顔を綻ばせて目的を話す。花は元気だと言っているドールに、エルはこう続けた。
「このお花、お名前はなんなのです?」
小さな人差し指で足先の花壇を指し、首を優しく傾ける。また、髪の毛が揺れた。隣にいるサラを横目で見ては
「サラ、サラはわかるのです?」
と同じ様に質問してみた。
「親友の門出にあげる指輪の花を探している。何かいいのを知っていたら教えて欲しい。」
花にありきたりもなにもあるのかはわからないがこのドールに見繕ってもらえばよいのを見つけてもらえるかもしれない。そんな希望を抱きながらも先程聞こえた音が脳裏に響いているのが気に障り耳を軽く叩く。どうやら自分以外に聞こえたものは居ないようで周りを見渡しても気に触っている人は見当たらない。幻聴だろうか。
「いやまったく。花の知識といえば歌って踊ることしか。」
エルサンの質問に至って真面目に答える。知識に関する質問なら自分ではなく己自身に聞いたほうが答えは早く出そうな気もした。
そういえば目の前のドールに水をやられている花は少しも踊らないし歌わない。じょうろから注がれる水により葉が動くだけ。不思議だ。
「あははは、お花が歌って踊ったら毎日楽しく過ごせるだろうなぁ。ぼくもお話してみたいんだぁ、大好きなお花と。いつもどんな気持ちでいるのか、とっても気になるよぅ。」
不思議で、おかしくて、可愛らしいことを真剣な表情で述べるサラに、少年はくすくすと笑いをこぼす。
それから、花壇の花に興味を示したエルの方に視線を移すと、その隣に膝を折って座った。
「これはねぇ、マーガレットってお花だよぉ。春先に咲くお花でねぇ、甘酸っぱい恋をしてるひとにあげるといいんだってぇ。
親友にあげるお花だったら、フリージアとか……ミモザのお花なんてどうかなぁ? 友情とか……えっと、感謝、みたいな意味があるんだって。」
《Ael》
「お花が歌う、踊る、……? そうなのです?」
花が歌う、踊る、喋ると色々なことをすると聞いてはへぇ〜、と感心した様に頷いた。目の前にある花は歌っても踊っても喋ってもいないが、いつか話してみたいなと呑気なことを思った。
「まーがれっと、こい、ふりーじあ……みもざ……ゆうじょう、かんしゃ……」
ひとつひとつの単語を噛み砕いて脳内で結びつける。フリージアとミモザが友情、そして感謝。誰にあげるのかはもう忘れてしまったが、サラが選ぶのが良いだろう。
「サラ、どれにするのです?」
ニコニコと何を選ぶのか、視線を向けた。
「二人共見たこと無いの? 変なの。」
首を傾げるエルサンに笑う若草色のドール。よく忘れる彼ならともかく頻繁にここを訪れているドールまで知らないとは、ここの花たちはとんだ恥ずかしがり屋なのだろうか。
まるでおかしいのが彼らだとでも言うように彼らを不思議がる。
「うーん……全部。全部欲しい。それ以外におすすめはある?」
三つほど花を紹介されたがどれも良さそうだ。ならば全部貰えば良い。どれか一つを選ぶことなんてできない。それに一番や特別を求めるミシェラチャンには最高のものをプレゼントしなければ、無ければ無いで構わないが。彼の隣に膝をつきながらエルサンの指さしたマーガレットという花を軽く撫でる。葉を手に絡めもしない。生きていないみたいだ。本当にただそこにいるだけ。踊りも、歌いもしない。
「エルサンもミシェラチャンに花とかあげるの?」
膝をついたまま見上げるように聞く。他人にあれこれ言うつもりはないが、自分についてきてくれているが彼は彼女に何かあげるのだろうかと気になったのだ。それになぜ自分が花を選んでいるのか忘れていそうなためお披露目お祝い用の、と付け足す。
「ぜんぶ? 豪華になりそうだねぇ、でも作るのは指輪なんでしょ? たくさんのお花を使ったら指がわさわさしちゃわない?」
全部の指に指輪が収まるようにしたいのかなぁ、と脳天気すぎる考えを抱いて小首を傾げながらも。ラプンツェルは悩みながら花壇の周囲をぐるぐると歩き始める。
「お披露目の子にあげるんだよねぇ? だったら勿忘草なんてどぉ? 忘れないで、ってお願いが込められるよぅ。あとは菜の花とか、ネモフィラとかぁ……色とりどりで綺麗な贈り物になると思うなぁ」
ラプンツェルは様々な種類の花を一輪ずつ、大切に指先で撫ぜていく。
《Ael》
「みしぇら………みしぇら、えっと、……」
ミシェラに何かあげないのかと問われれば、ミシェラが思い出せずぐるぐると思考する。お披露目のドールだと言うが、どうにも喜べない。まだしっかり仲良くなっていないのに、と悲しい気持ちになった。そのまま口をつぐんで花をただただ見た。
「わすれなぐさ、なのはな、ねもふぃら……」
一気に情報が入ってきて、パラパラと記憶の抜け落ちる音がする。あれ、隣にいるドールは、誰だっけ。この花の名前は? 何をするんだっけ? えっと、意味……いみ? あれ、あれ。
「え、えっと………あの、その………」
何かがあったはずなのに、何も思い出せなくて泣きそうになる。固まって動けなくて、息が詰まりそうだ。
「ワスレナグサ、ナノハナ、ネモフィラ、フリージア、あと……ミモザだっけ、五本指全部入るね」
指を折りながらドールが教えてくれた花を数えれば全部で5本、ちょうど指全部にはまることができる。あとはこれを摘んでエルサンに編んでもらえばいい。
頭上からは彼の困惑したような声が聞こえてくる。あの音で気持ち悪くなったのか、はたまたもしかしたらこのドールが今更ながら嫌いになったのかもしれない。
「エルサン大丈夫? エルサンも変な音聞こえた?」
立ち上がり手のない方の腕で彼の背中を擦る。彼のことを心配しているのか少し眉が下がっているようにも見える。ほんの誤差程度だが。気分が良くないのであれば医務室に連れて行かなければ、その後また自分がまた来て花を摘めばいい。
「その花の場所を教えてくれる? ボク達で取りに行くよ。」
弱い彼をこのままおいておくことはできない。彼がもう少し小さければおんぶをするか抱えられたのだが、この重さの髪を持ち上げるのは少々きついかもしれない……いやテーセラである自分ならいけるはず。
「……大丈夫? 体調が悪いの?
それだったらあとで君たちのところにお花を摘んで持っていってあげるよぉ。オミクロンのせんせぇは……デイビッドせんせぇだっけぇ? その人のところに。
あんまりぼくらに授業してくれることがないから、話しかけにくいけどぉ……」
顏色がみるみる内に悪くなっていってしまったスカイブルーの頭髪の少年を、彼は案ずるように見つめる。
「ごめんねぇ、ぼくはトゥリアモデルだから、抱えるのに手を貸してあげられないんだぁ。
きみたちの名前を教えてくれる……?」
《Ael》
「その、あの……エル、何をしていたのでしょうか、思い出せない……のです……」
ごめんなさい、と一つ頭を下げて申し訳なさそうに眉を八の字にする。
「体調は大丈夫なのです、とっても元気なのです! ……だから、心配しないでほしいのです。ありがとうなのです。えっと、今は何をするのです?」
大丈夫? と言われては上記を答え、首を少し傾ける。何度やったかわからない仕草だ。もう、慣れてしまっている。
「お名前、なのです? エルはエルと言うのです! えっと、あなた達はどなたなのです?」
「体調が悪くないのならよかった。今はミシェラチャンへの花選び。
ミシェラチャンはお披露目に選ばれたんだ。」
無駄な手間が省けてよかった。ほっと安堵の息を漏らし彼の手を握り現状説明をする。また忘れてしまったようだ。こうも頻繁に忘れるとは大変そうだがオミクロンにきた理由も納得できる。
「ボクはサラ、そういや君の名前を知らない。」
改めて本日二回目の自己紹介をする。そういや、まあまあ話し込んでいたがこのドールの名を知らない。互いのことを知る必要は無いと思っていたがまあいっか。彼がトゥリアなら花に世話が得意そうなのも納得できる。よく自分は花を千切るように摘んでしまうが彼ならばそっと根本からでも取るのだろうか。
「そぉ? 大丈夫ならよかったぁ。安心したよぉ。」
いっとき迷子の子供のような混乱を見せたドールだったが、状況を噛み砕けた様子を確認し、少年もほっと息を吐く。
二者の名を聞き受けた彼は、頷いて自身の胸元に手を添えた。
「ぼくはねぇ、ラプンツェルだよぉ。エルにサラ、よろしくねぇ。
大丈夫なんだったら、いまお花を持っていくといいよぉ。えっと……勿忘草、菜の花、ネモフィラ、フリージア、ミモザだねぇ。あんまり摘んじゃうと花壇が荒れちゃうから、一輪ずつあげる。」
ラプンツェルと名乗ったおっとりした少年は、花壇の周囲をぐるぐるとまた歩き回り、五輪の花を優しく丁寧に摘み取って、さらに手渡す。儚く脆い花が崩れないようにそっとハンカチで包みながら。
《Ael》
「らぷんつぇる、らぷ、ラプなのです! さら、サラ! サラなのです! よろしくお願いするのです!」
ラプンツェルと、サラ。二人分の名前を噛み砕いて受け入れる。うんうんと頷いてよろしくと挨拶した。
「わぁ、ありがとうなのです! 助かるのです!」
勿忘草、菜の花、ネモフィラ、フリージア、ミモザ。全てを優しく受け取っては嬉しそうにありがとうと告げる。5輪もあるなら、お披露目されるドールも渡されて嬉しくなるだろう。どんな子なのかな、と思ってふと上を見上げた。青空がガラス越しに広がっており、ふと思った。学園の下、それはどうなっているのだろうか。疑問を抱いてまた首を傾げた。
「次から服に自分の名前書いておいたほうがいいかな。それなら見ればわかるし忘れないね。」
至って真剣なサラは真面目な声色で一人呟く。何回も説明するのは面倒ではないが飽きてしまう、なら服に書いたほうがいいと思う。今は書けるものを持ち合わせていないから寮に帰ったら誰かにお願いしようか。
「ありがとう、あとはエルサンに作ってもらうだけだ。」
本当は自分で作れたらどれだけ良いか、今日だけでもあの気に食わない右腕をつけてくるべきだったのだろうか。ラプンツェルサンからハンカチに包まれた花を受け取る。脆く儚い、嫌いなものだが好きなものにするため頑丈に編まねば。今は歌わなくても踊らなくてもいいからミシェラチャンに喜んでもらえるような、楽しんでもらえるような指輪に。
「上を見上げて、何かあった?」
隣にいる彼が天井を見上げているのに気づき続くように自分も見上げるが自分には眩しく数秒も持たず下を向く。もう少し暗くしてもらえたらいいのだけど。
現在、テラスに集うドールは疎らで、ガーデンテーブルにも空席がちらほら見られるだろう。あなた方はラプンツェルと離れ、テーブル席に無事腰掛けることが出来る。
ラプンツェルから預かった五輪の花を編み込んで丁寧な指輪が作れるかどうかは、実際に作業をするエル次第といったところだろう。
《Ael》「いえ、なんでもないのです……」
頭から離れぬ疑念を抱きながらも腰掛けては五つの花を使い輪っかを作る。どうやったら取れなく出来るか考えてさっと頑丈な指輪を作った。
「できたのです! これを渡せば大丈夫なのです!」
未だ採られて間もない花々は、渡されるためにあるかのようにキラキラと輝いて見えた。……が、どうしても気になる。この学園の下、がどうなっているのか。うーん、うーんと考えてはサラに提案した。
「エル、この学園の下が見たいのです! 空はおっきくて、青空が広がっているけれど、下はどうなってるのかわからないのです。だから、下が気になるのです!」
パ、と笑顔の花を咲かせては行こうよとサラの左手をきゅ、と再度掴んだ。
「綺麗だ。ありがとうエルサン。」
彼によって丈夫に作られた指輪を嬉しそうに受取大切に再度ラプンツェルサンからもらったハンカチに包みポケットに優しく入れる。よかった、これでミシェラチャンにいい贈り物ができあとはこれを彼女に渡すだけだ。まだ時間には余裕がある、もう少しこののどかな場所にいてもいいかもしれない。体を背もたれに預け軽く伸びをすれば彼に左手を握られ突拍子もなく今まで自分が考えてこなかったことを言われた。 学園の下がどうなっているのか、
「考えたこともないや。学園の下って一階より下ってこと?」
自分の足元を一度見て後笑みを浮かべたエルサンをもう一度見る。空が気になってその後下が気になるとはデュオとはこんなにも注目するところが違うのか。
《Ael》
「そうなのです、んん、なんだか引っかかるのです……」
考えるような仕草をして答える。この思考もいつか消え去ってしまいそうだが、どうしても今のエルには学園の下が気になってしまう。デュオモデルであるエルの脳はトップクラスであり、思考力は並外れている。その代わりに記憶がよく薄れてしまうのだ。
「でも、どうやって行けばいいのかわからないのです、それに、お花が枯れちゃうと大変なのです! 早く渡しに行くのです!」
ハッとして薄れた記憶から渡しに行く、という行為を思い出した。勢いよく椅子から立ち上がり、そのまま掴んでいるサラの手は離さないでいこう、と笑顔で言った。
「ボクにはあまりわからないな、」
もう一度天井を見上げるが映るのは青い空と眩しい太陽。音はもう聞こえない。彼の考えを否定も肯定もせず肩を竦める。まあ頭の良い彼がそういうのならそうなのだろう。
「花は枯れないと思うけど……早く渡しに行ったほうがいいね」
彼に引っ張れるがまま立ち上がりそんなに勢いが良いのでは壊れてしまないか心配だ。腕を下に伸ばしポケットに入っているミシェラチャンは喜んでくれるだろうか少し考える。自分が選んだわけでも自分が編んだものでもないがラプンツェルサンは素敵なのを選んでくれて、エルサンは頑丈に編んでくれた。これ以上のプレゼントはない、絶対に。
早く彼女が喜んでくれる顔が見たくてたまらない。