優しい木漏れ日が、ダイニングルームの窓辺からふわりと柔らかく差し込んでいる。吹き込むそよ風はカーテンを揺らし、顔を見合わせるあなた方の合間を駆け抜けて、髪先を引くように揺らした。
静かな部屋に、扉の開閉音。
ドールズが顔を上げると、開かれた扉の向こうには、車椅子に腰を掛けたロゼットと、それを押して歩くジゼルの姿がある。
ロゼットの腹から下は、厚手の膝掛けによって覆われていた。そんな彼女に、ジゼルは優しい眼差しを向けている。
──昨晩は、ひどく長い夜になった。
床下に転落したロゼットの状態は、極めて悪いものだった。腹のガラスが砕け、手足はひしゃげ、地に伏して少しも動けない彼女を皆で力を合わせ、地階に引き揚げたのは記憶に新しい。
ジゼルはあれから、『応急処置をする』と言って医務室の扉を閉ざし、あなた方はいつものように棺のベッドに籠って眠れぬ夜を過ごすほかなかった。
そして現在。ロゼットはジゼルが用意した車椅子によって、移動することぐらいは叶っているのだろう。
「みんな、おはよう。昨夜は沢山心配を掛けてしまったわね。ロゼットは見ての通り元気よ、安心して頂戴。
応急処置しか出来なかったから、今は歩けないし、無理もさせられないけれど……一週間ほどしたら彼女を“ドールズのお医者さん”の所へ連れて行くから。そうしたらきちんと元通りになるわ。それまではロゼットのことを気遣ってあげてね、みんな。」
ジゼルはロゼットの艶やかな赤毛を後ろからそっと撫で下ろす。彼女自身の不安を和らげてやるために。
そうしてロゼットの日々の定位置となる席へと車椅子を押した彼女は、再び皆の前に歩み出て、パチンと手を叩く。
「さて……なにも朝から不安になるニュースばかりではないわ、おめでたいこともあるのよ。次のお披露目に、このクラスからまたドールが選ばれることになったの。
ブラザー、ミュゲイア、グレーテル。
あなた達が外の世界で素晴らしい日々を送れるように、皆で祈りましょう。そしてこの一週間、彼らとの最後のひと時をきちんと楽しみましょうね。
──悔いが残らないように。」
それを聞いたグレーテルは、にっこりと晴れやかな満面の笑みを浮かべて「光栄です」と優等生じみた声で返し、ウェンディは一瞬顔を強張らせたもののすぐに微笑みを浮かべて拍手をする。
皆の間にも、衝撃と絶望を呑み込んだ生ぬるく気持ちの悪い祝福のムードが漂うことだろう。どんなに恐ろしくとも、笑顔を浮かべてこの平穏を形作る一つのピースにならねばならない。これまでも、これからも──
──このモラトリアムが、果てしなく続く限り。
MORATORIUM